市河米庵の筆蹟

市河米葊 Ichikawa Beian

江戶の書家なり名は三亥最も隸楷に巧なり著書少なからず安政五年七月歿す八十1

市河恭齋 Ichikawa Kyosai

恭齋名は三千、又の號桃翁或は古學道人、通稱は三千太郞、高松藩士稻毛屋山の長子、江戶の書豪市河米庵の養子となる。書法精妙人呼で小米といふ。又篆刻を能くした。天保四年六月歿。年三十八。2

  1. 『大日本名家肖像集:大日本名家肖像集小傳』經濟雜誌社 p.4 ↩︎
  2. 『高松市史』 高松市編 p.204 ↩︎
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