岩瀬華沼薛徳温猫説

現代語訳

私の家では鼠(ねずみ)の被害に苦しんでいたので、人にお願いして一匹の猫を譲り受けた。その姿は堂々として大きく、爪や牙も鋭く研ぎ澄まされていた。
私は心の中で、「これで鼠の害も心配しなくて済むだろう」と喜んだ。まだ家に馴(な)れていなかったので、縄でつないで様子を見ることにした。
鼠たちは猫の声を聞き、その姿をこっそり窺(うかが)って、「あいつは相当なやり手に違いない。捕まったら大変だ」と恐れ、一ヶ月以上も穴の中に閉じこもって出てこなかった。
やがて猫が家に馴れてきたので、繋いでいた縄を解いてやった。
ちょうどその時、卵からかえったばかりのひよこがピヨピヨと鳴きながら通りかかると、猫はすぐさま飛び起きて捕まえ、家人が追いかけた時には、もう飲み込んでしまっていた。
家人は猫を捕まえて打ち据えようとしたが、私はこう言って止めた。
「やめなさい。優れた才能がある者には、必ず欠点があるものだ。ひよこを食うのはこの猫の欠点だが、鼠を捕る才能がないわけではあるまい」
そして、猫を許してやった。
ところが、その後の猫といえば、おどおどとしてぼんやり過ごし、腹が減れば食べ、満腹になれば遊ぶだけで、何一つ仕事をしない。鼠たちは再び様子を伺い、「きっと正体を隠して我々をおびき寄せようとしているのだ」と警戒して、まだ穴に伏せて出てこなかった。
しかし、鼠たちがさらに観察を続けると、猫には何の不思議な力もないことが分かってきた。そこで穴から穴へと仲間同士で伝え合った。
「あいつは何もしないぞ!」
かくして鼠たちは仲間を引き連れて再び現れ、以前と同じように暴れまわった。私は不思議で仕方がなかった。
そんな折、またひよこが堂の下を通りかかった。すると猫はまたもや急いで捕まえ、走り去った。追いかけて見ると、ひよこの体はすでに半分以上も噛み砕かれていた。
私の家の者は猫を捕まえて前に引き据え、こう責め立てた。
「天が作る才能は一様ではない。才能ある者には必ず欠点がある。その欠点に目をつぶっても、まだその才能を用いる価値があるからだ。
だが今の貴様はどうだ。鼠を捕る才能(仕事)はないくせに、ひよこを食う欠点(害)だけは一人前だ。これこそ天下の役立たずというものだ!」
ついに猫はむち打たれ、家から追い出されてしまった。

岩瀬華沼の書風

岩瀬華沼(1732-1810)は、能書家として名高い三井親和に師事した。その親和が師事した細井広沢は、江戸における唐様書道の先駆者であり、華沼もまたその系譜を通じて、趙子昂(趙孟頫)や文徴明を淵源とする流麗かつ端正な書風を正統に継承している。

岩瀬華沼

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