
西都本是美人郷
三面青山看黛長
即此飛嵐亦堪愛
春風淡岩掃晨粧
西都(京都)は もともと美人が集まる里であるが、三方を囲む青々とした山々は、まるで美人が引いた長い眉(黛)を眺めているかのようだ。この地に立ち込める川霧や山の嵐でさえも、実に愛らしく感じられ、春風は岩肌を淡く撫で、まるで美人が朝の化粧を済ませたかのように清々しく掃き清めている。

「美」字拡大
肉眼では直ちに看取できるほどの重厚な墨気も、画像を通すと細部を拡大しなければ判然とせず、実見の重要性を改めて感じる。
「西」字拡大
極めて濃醇な墨に清水を加えて運筆を助けたためか、紙面には独特の滲みが生じている。この筆致は宮島詠士の峻烈な書風を彷彿とさせ、単なる運筆上の便宜を超え、作者が追求した理想の造形において不可欠な表現要素であったことが窺える。

松村琴荘の箱書
- この詩の格調は、父である森春濤翁から正統に受け継がれたものであり、その書風は、旧名古屋藩の賓師(招かれた師範)や清客(文雅な食客)を務めた能書家金嘉穂(金邠)1氏に学んだものである。そもそもこの作品は、明治の藝術・文化界(藝林)が最も活気に満ちていた時期に製作された逸品である。
- 署名に「詩友」と冠していることから、漢詩を通じて深く交流のあった人物の求めに応じ、その由緒を記したと推察される。

森槐南先生西都七絶詩幅

- 金嘉穂(金邠)蘇州の人。明治初年尾張藩によって清国より招聘され、明倫堂生の内十五歳以下の者十名が選抜され金嘉穂に学んだ。森槐南はその内の一人。金嘉穂は漢魏の書風を唱えたという。『美術研究 The journal of art studies (314)』 ↩︎
